ちびママの日記

真を生きる人

今日は夕方に友人と電話で話をしていました。

彼女も長く猫のボランティアをしているので共通の話題は猫なんですが

この時期は子猫シーズンでものすごく忙しくしています。

たくさんの相談も入るようで、対応しきれない数では何ともし難い想いでしょう。

ところで、その「相談」なんですが私も受けていたことではありますが

ボランティアは無償で何でもかんでもやってくれる人たちとか

勘違いしていませんでしょうか?

子猫が庭で子どもを産んだ、引き取りに来てくれ

どこそこで子猫がいるのよ、助けてやってちょうだい・・・

見ず知らずの人たちからこんな電話がいきなり来るわけです。

自分の家ではもう1匹飼っているから飼えない、犬がいるから無理

まあ、それぞれに言い分はあるのでしょうが、何十匹も抱えて寝る間も惜しんで

お世話に明け暮れている人に言っているのを知らないとはいえ・・・

それでも何とか手を差し伸べたいと、保護した子猫をまずは病院に連れて行ってと

言えば、うちの子じゃないのになんで費用を出さなければならないのか!と。

あれ?何かおかしくないですか?

子猫を見つけて助けてやりたいから迎えに来てと「お願い」しているわけですよね?

困っているのは「自分」なわけですよね?

ボランティアは自らが志願して行動を起こす人のことを指しています。

困りごと無償相談所ではありません。

しかも仕事ですらないので、引き受けたら全て自費ですし、行政からの支援なぞ

ありません。

子猫を見つけてやったんだから、迎えに来て病院にかけてお世話もして

ワクチンもして里親さんも探してね、全部あなた持ちでってことになります。

なんと図々しい・・・

ボランティアが打ち出の小づちでも持っていると思っているのでしょうか?

生きている時間は皆等しく24時間です。

その時間の配分をどう使うのかは個人の自由ですが、誰かが押し付けては駄目

なのではないでしょうか。

もちろん、そんな非常識な人たちばかりではなく

責任は保護した自分にありますが、自分で出来ることには限界があるので

何とか協力して助けてはいただけないでしょうかという姿勢の方も多いです。

もうこれは人間性の問題なのでしょうね。

でも人はどんなに自分には不利益であっても真摯に物事に向き合い

謙虚な人が困っているのであれば助けたいと思うものです。

ボランティアっていうんだから引き受けて当然だろうなどと言う人のことなんて

助ける義理は一ミリもないことです。

それでも、相談の向こうにはこの電話が生死を分けてしまう子猫がいると

思うから話はすると言う友人の言葉こそが真の生き様なんだと

頭が下がる思いがしたことでした。

上を見上げるとひろくんがいる

ひろくんの最近のお気に入りの場所

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

カレンダー

2025年8月
« 7月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
PAGE TOP