このところ何だか気持ちが不安定なことが多くて
自分でも不思議で、もしかしたら更年期障害か?
いやいや、そんな今更・・・・コレは違うな
「不安」という感じなんですけど、漠然としておりましてね。
私はそういう原因がわからないモノってすごく嫌いな性分なので
自分自身を分析してみるのです。
そう私はメンドクサイ人なんですね。
傍から見ると瞑想をしているような・・・いや寝落ちしているような・・・
でも本人は自分のこころの中を探っていたのですけれども。
そしてね、ハタッ!と思いついたのです。
原因はミーちゃんだ!
↑お休み中のミーちゃん
実は先週末にミーちゃんの表情に違和感があって耳が少し熱い?
これは熱を出す前触れのような気がする!と思い直ぐに受診をしたのです。
土曜日曜月曜日を3日連続で病院に通ったので、今は普通に戻りましたが
私はミーちゃんを喪うのがものすごく怖かったのです。
ミーちゃんが2年前ににじのはしを渡った楽ちゃんに本当に良く似ているので
あの時の楽ちゃんを喪った辛さがよみがえっていたのだと思うのです。
もちろん、まったく症状も違うのですが、ミーちゃんが来てから
楽ちゃんにしてやれなかったことをしてやれていて。
何故かと言えば楽ちゃんは噛みつく子だったので抱っこして頬ずりなんて
危なくて出来なかったのですね。
危なくてスキンシップが出来ない子だった楽ちゃんですが
私は本当にこの子が好きだった。
可愛くて可愛くて、息を引き取る時は最期の瞬間まで抱きしめていました。
亡くなった日、体調が不安だったので午前中に受診していました。
治療も受けていました。
でも夜になって不安な気持ちが抑えられず、夜間救急に走ったのです。
酸素室に入れていただき治療も受けましたが、心臓の病は回復せず
先生は連れて帰って、この子が見慣れた場所で旅立たせてあげてと。
最期の時を過ごした時間
それは未だに消化できないで抱えていたんだなぁと気が付いたのでした。
仕事柄、たくさんの猫たちを看取ります。
でもそれが慣れるはずもありません。
どの子もみんな大切な子たちだから、思い出せば自分の気持ちに
押しつぶされそうになるくらい辛い!と思います。
でもその辛さを全部受け止めても助けたいと思う気持ちに変えるのです。
ちびママの家の子たちの最期のときに寄り添うのは私です。
覚悟を決めて進んだ道ではあるのですが、こんな気持ちになったのは
楽ちゃんとミーちゃんがあまりにも似ているせいかも知れませんね。
↑ミーちゃんとずーずちゃん
↑ 在りし日の楽ちゃん↓
今生きて傍らにいる子も旅立った子も
どの子もいつまでも愛しいと思う気持ちは生き続けているのです。
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